書   評

足利赤十字病院
高次脳機能外来
医師 船山道隆様

 この本(第一章)を読み、愕然としました。失語の回復への記載もすばらしいのですが、最も私が驚いたことは、後藤さんおよびご家族が苦労されていた「異様な身体感覚」の記載です。今まで私は、高次脳機能障害について比較的理解している方だと思っていましたが、それは誤解でした。私の知識がいかに無知であったかを思い知らされました。
 僭越ながら私が想像するに、この異様な身体感覚は、暑さ寒さや痛みが分からなくなる感覚障害に対して、脳が再生しようとする努力の表れが少しずれた方向に行ってしまった結果にみえます。昔から、盲の方に出現する幻視が記載されてきました。さらに、脳損傷後には、盲のある半盲内に限って幻視が出現する場合や、聾や聴覚低下のある耳に限って耳鳴や幻聴が聞こえる場合があります。また、麻痺側の手足には、実際には動かないにもかかわらず、自覚的には動くという幻の手や足(幻肢、ファントム)が出現することもあります。感覚障害の際には、視床痛といいまして、感覚障害がある半身に痛み、あるいは、身体違和感が出現することがあります。
 これらに共通する機序として、失った機能に対する脳の代償、あるいは過剰活動が考えられます。おそらく、同じようなことが後藤さんの脳にも起こり、後藤さんの日常生活にも大きな影響を与えたのだと思います。しかし、これほどまでに詳細に記載された方はいません。後藤さんの詳細な記載が、今後の医学を発展させるきっかけになるかもしれません。これから私は、臨床場面で後藤 さんと同じような苦しみを抱いている方がいらっしゃれば、その的確な病態把握と薬物治療を試みたいと思います。
 身体感覚の他にも、われわれが学ぶ点はたくさんあります。ご本人の回復へのやる気とご家族の支援には頭が下がる思いです。 もし私が同じ症状になったら、これほど前向きにはなれないかもしれません。
 その際には、後藤さんの生き方やこの本が道標となり、回復への道を照らしてくれるような気がします。高次脳機能障害やリハビリにかかわる医療従事者には、ぜひお勧めする一冊です。

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